ABOUT

ごあいさつにかえて


人の世に生きるからには

人はつねに何ものかでなければなりません。


主婦であったり、父であったり、

あるいは上司として部下として、教師や生徒として、

ときにはそれらの様々な役割を兼ね、あるいは使い分けながら、

それぞれの勤めを果たして、日々を過ごしていかなければなりません。


何らかの肩書きや役職など、自分の名前以外で

自分の身分や人格を規定してくれる名称を用いることで

人は社会における自身の存在のよりどころを確保しているのではないでしょうか。


自分が担っているそれらの社会や家庭における役割が自分自身の内面と合致しているときは

多くの充実感や満足感を得られて豊かな思いでいられることと思います。


けれども人はときに、自分が置かれている状況や背負っているものに困難や苦難を覚え

生きづらさを感じることがないでしょうか。


何ものかでいることが、息苦しくなるようなことがないでしょうか。


芸事に親しむというのは、

日常における自分の勤めや役割をかたわらに置いて一介の人間に戻ること、

あなたがあなた自身の名前だけでいてよい、むしろあなた自身の名前でしかいられない

ということを想い出させてくれる一種の浄化装置に身を置くようなことだと思います。


もちろん日々に充足しているひとが意欲的に習い事に取り組む姿も

いかにも清々しくわが道を切り開いてゆくさまが感じられて、ここちのよいものです。


いずれにしましても、箏や三味線と向き合い一つの音に大切なものをこめて、

互いに心を通いあわせてゆくこと、これこそがわたくしの願ってやまないところです。



     平成三十年 三月十四日 

水澤 泰助